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鹿児島地方裁判所 昭和60年(行ウ)5号 判決

原告 中間サカエ

被告 鹿児島地方法務局登記官

訴訟代理人 永松健幹 宿理八郎 大村弘一 田上勉 坂下健市 ほか三名

主文

一  原告の表示登記処分の取消を求める請求に関する訴えを却下する。

二  原告の建物表示登記の抹消登記処分の取消を求める請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和六〇年九月五日付で別紙物件目録(一)及び(二)記載の各建物についてした昭和四六年八月三〇日合棟を原因とする建物表示登記の抹消登記処分をいずれも取り消す。

2  被告が昭和六〇年九月五日付でした別紙物件目録(三)記載の建物についてした昭和四六年八月三〇日合棟及び昭和五八年四月三〇日種類変更増築を原因とする表示登記処分を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

(本案前の申立)

1 本件訴えのうち、表示登記処分の取消を求める訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

(本案の申立)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、訴外株式会社東京ゴム(以下「東京ゴム」という。)所有の別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件甲建物」という。)及び同(二)記載の建物(以下「本件乙建物」という。)について、昭和五九年三月六日鹿児島地方裁判所から仮差押命令を得、同裁判所の嘱託により、いずれも鹿児島地方法務局昭和五九年三月八日受付第一一五六号をもつて、原告を債権者とする仮差押登記を経由した(以下「本件仮差押」という。)。

2  東京ゴムは、昭和六〇年九月二日本件甲乙各建物について、被告に対し、いずれも昭和四六年八月三〇日合棟を原因とする建物表示抹消登記申請をするとともに、別紙物件目録(三)記載の建物(以下「本件丙建物」という。)について、本件甲乙各建物合棟後の建物であるとして同日合棟及び昭和五八年四月三〇日種類変更増築を原因とする表示登記申請をした。

3  被告は、右各登記申請に基づき、昭和六〇年九月五日付で本件甲乙各建物について昭和四六年八月三〇日合棟を原因とする各建物表示登記の抹消登記処分(以下(本件抹消登記処分」という。)及び本件丙建物について同日合棟及び昭和五八年四月三〇日種類変更増築を原因とする表示登記処分(以下「本件表示登記処分」といい、本件抹消登記処分と合わせて「本件各登記処分」ともいう。)をした。

4  しかし、本件各登記処分には次に述べるような違法事由がある。

(一) 憲法二九条違反

原告は、本件仮差押後の本案訴訟において、仮執行宣言付きの勝訴判決を得たが、本件各登記処分によつて、本件仮差押に基づく本件甲乙各建物に対する強制執行の申立を不能にさせられ、債権回収の途を妨害されたにもかかわらず、これに対して国から何らの補償も得ていない。

そもそも一旦仮差押の登記が経由された後に、物理的にその目的たる建物自体が滅失したわけでもないのに、その権利が登記権利者の意思とは全く離れたところで登記簿上消滅してしまうということ自体、既登記権利者の財産権に対する著しい侵害行為である。また、登記簿上消滅した権利に対する回復の手段もなく、しかも補償の途すら講じられていないというのであるから、被告のした本件各登記処分は、原告の財産権を著しく侵害していることが明白であつて、憲法二九条一項及び三項に違反する。

(二) 憲法三一条違反

被告は、本件各登記処分をするにあたり、本件各登記処分がなされれば、本件仮差押に基づく権利を行使することが不可能もしくは著しく困難になるはずの原告に対し、事前に何らの告知弁明の機会を与えなかつた。

かかる重大な不利益を被る立場にある原告に対し、事前に告知聴聞の機会を全く与えず、一方的に本件仮差押の登記が経由された本件甲乙各建物を登記簿上消滅させてしまつた被告の本件各登記処分は、行政手続においても適正手続を保障した憲法三一条に違反する。

(三) 憲法四一条違反

現行憲法下の行政は、法律に従つて行われなければならず、既登記権利者に重大な影響を及ぼす建物合棟をめぐる登記手続については、当然に法律をもつて定めなければならない事柄である。

しかるに、本件各登記処分は、単に法務省の行政通達(昭和三九年三月六日法務省民事局長通達甲第五五七号等)のみに依拠するに過ぎず、不動産登記法(以下「不登法」という。)上格別の根拠規定や政令への委任規定が存するわけでもないのに、本件仮差押を登記簿上一方的に滅失させ、その権利行使を著しく困難にならしめたものであるから、法律上の根拠を欠く点で違法であるばかりか、国会の立法権をも侵害するものであつて、憲法四一条に違反する。

(四) 被告は、本件甲乙各建物が、それぞれ建物としての独立性を有し、単に一部が増築されただけで、右各建物の独立性が失われるほど形状が変更したわけでもないのに、あえて本件抹消登記処分をしたうえ、本件表示登記処分をすることにより、従来の本件甲乙各建物の独立性を登記簿上一気に破壊したものであるから、本件各登記処分には重大な違法がある。

(五) また、本件甲乙各建物については、それぞれ本件仮差押の登記が経由され、執行保全の効力が生じているのであるから、登記簿上かかる効力が公示されなくなるような登記処分をすることは絶対に許されないはずであるにもかかわらず、被告は、これを全く無視して本件甲乙各建物につき本件抹消登記処分をし、かつ本件丙建物について、本件仮差押を公示する手段を何ら講じなかつたものであるから、かかる意味においても、本件各登記処分には重大な違法がある。

5  原告は、本件表示登記処分の取消を求める法律上の利益を有する。

すなわち、本件丙建物と本件甲乙各建物とは法律上同一の建物と解すべきところ、本件丙建物については、東京ゴムと訴外中間博行の申請により、鹿児島地方法務局昭和六〇年九月一二日受付第一三六六号をもつて各持分二分の一とする所有権保存登記が経由されたうえ、同法務局同日受付第一三六七号をもつて、東京ゴムから中間博行への持分全部移転登記が経由され、従前は東京ゴムの単独所有であつたものが、中間博行の単独所有となつているのである。

更に、本件丙建物については、本件甲乙各建物についての本件仮差押の登記は全く移記されないまま、同法務局同日受付第一三六八号をもつて、訴外本田キミのため第一順位の根抵当権設定登記が経由され、更に同法務局同年一〇月五日受付第六四〇号をもつて、同人のため賃借権設定登記まで経由されているのである。

このように、登記簿上合棟前とは全く異なる権利関係が本件表示登記処分に基づき現実に公示されている以上、単に本件抹消登記処分を取り消しただけでは、同一建物について権利関係の全く異なる二つの登記が存在することになり、登記簿の公示機能が全く発揮されない結果になるうえ、本来ならば原告は本件甲乙各建物について本件仮差押決定により将来の執行の保全を期待しえたにもかかわらず、既に本件丙建物は第三者に処分され、新たな抵当権等も設定されるということで、現実に原告の権利は侵害されているのである。そして、本件丙建物と合棟前における本件甲乙各建物とは法律上建物として同一性を有しているものであつて、しかも、原告が東京ゴムに対して仮差押命令を得たのは合棟後の昭和五九年三月六日であり、本件丙建物について実質上仮差押権を有していることは明白であるところ、本件丙建物についての表示登記の存在により、原告が右仮差押の本案訴訟において仮執行宣言付給付判決を得たにもかかわらず、その強制執行を妨害されているのであるから、原告には本件表示登記処分の取消を求める法律上の利益がある。

6  よつて、原告は、本件抹消登記処分及び表示登記処分の各取消を求める、

二  本案前の申立の理由

原告は、本件表示登記処分の取消によつて回復すべき法律上の利益を有しない。

すなわち、本件抹消登記処分と表示登記処分とは、それぞれ各別の登記申請行為に基づきなされた別個独立の処分であつて、両者が一体となつて一個の処分手続を組成しているものではなく、かつ、本件表示登記処分の取消が本件抹消登記処分を取り消すための先決関係として不可決なものでもない。したがつて、本件抹消登記処分が取り消され、その結果本件甲乙各建物の表示登記が回復されれば、同時に本件仮差押の登記も回復されるから、本件丙建物の表示登記が存在しても原告の法律上の利益が侵害されるわけではない。なお、同一不動産につき表示の登記が二重になされている場合(重複登記)には、常に申請または職権により、後になされた登記用紙について、表示の登記を抹消するのが登記実務である。したがつて、本件丙建物に関する登記は、本件甲乙各建物に関する登記が回復されれば、申請または職権で抹消されることになる。

更に、本件丙建物は、本件甲乙各建物とは法律上同一の建物とは解されないところ、原告は本件丙建物についていかなる権利を有するのかとの点について全く主張しないものであるから、この観点からも、原告には本件表示登記処分の取消を求める法律上の利益はないものである。

三  請求原因に対する答弁

請求原因1ないし3の各事実はいずれも認め、同4の主張は争う。

四  被告の主張

本件各登記処分は、いずれも適法である。その理由は次のとおりである。

1  本件甲乙各建物の合棟前の状況について

(一) 本件甲建物は、昭和三九年九月一〇日、東京ゴムがその所有する鹿児島市松原町一四番二三宅地二一一・四三平方メートルの土地の南西側道路に面した位置に自動車等のタイヤ交換作業所として建築した間口七・六メートル、奥行一〇・九二メートルの建物であつて(別紙図面1参照)、一階部分は作業所として、二階部分は従業員の休憩所として使用されていたが、作業所として使用する目的上、一階部分の南東側面及び北西側面ならびに南西側面(幅員七・六メートル)のうち、約二・七メートルの部分(二階部分の直下に事務所を設けた部分)に障壁を設置したのみであつて、その余の部分には障壁は設置されていなかつた。

東京ゴムは、昭和四五年に本件甲建物を同一敷地内の北東側位置に曳行移転した。

(二) 本件乙建物は、昭和四六年一月三〇日、東京ゴムが当初本件甲建物の建てられていた位置に本件甲建物と一三センチメートルの間隔をおいて建築した間口八・一メートル、奥行一三・五メートルの二階建の建物であつて、一階部分は自動車のタイヤ交換の作業所として、二階は倉庫として使用されていたが、一階部分の障壁は、南東側面及び北西側面に設けられているのみで、北東及び南西側面には設置されなかつた(別紙図面2参照)。

(三) なお、本件甲乙各建物の二階部分は、それぞれ全面が障壁により区画されていた。

(四) したがつて、本件甲建物と乙建物との間は、車両の通り抜けが可能な構造となつており、本件甲建物では大型車の、本件乙建物では小型車の作業所としてそれぞれ使用されていた。

2  本件甲乙各建物の合棟について

(一) 東京ゴムは、昭和四八年頃、本件乙建物の一階部分に本件甲建物の二階床面とほぼ同じ高さの中二階を設置し、本件乙建物を三階建の建物とする改造工事を行つた。

(二) 中間博行は、昭和五八年四月三〇日、本件甲建物の東北側に隣接する東京ゴム所有の鹿児島市松原町一四番九宅地二五一・七〇平方メートルの土地に軽量鉄骨造亜鉛メツキ鋼板葺平家建作業所兼事務所床面積一九二・三四平方メートルの建物(以下「本件新築建物」という。)を建築した。

(三) 更に、中間博行は、本件新築建物と本件甲建物との間を接続するための増築工事(増築部分一二・五二平方メートル)を行い、接続部分の障壁を全部除去し、両建物を一体化すると同時に、本件甲乙各建物の中間の一三センチメートルの空間部分に接続工事を施したうえ、接続部分の内外壁とも全面的に改築し一体化した。

なお、本件甲建物には、本件乙建物及び新築建物を通る以外に出入口はない。

(四) また、中間博行は、本件乙建物に設置されていたエレベーターを撤去したうえ、昇降階段を設置し、本件甲乙各建物の二階部分の隔壁の一部の幅員約〇・八五メートルを除去して、その部分の床面を接続させて扉を設置し、二階部分も一体化し、本件甲建物に設置されていた昇降階段を除去した。

(五) 以上の一連の工事は、昭和五八年六月三〇日に完了し、これによつて本件丙建物が建築された。

右工事の施行によつて、本件甲乙各建物は構造上一体化し、互いに合棟後の本件丙建物の構成部分となるに至つた。

3  建物合棟の場合における実体法上の法律関係

そもそも、不動産が不動産に附合することはないから(通説的な見解)、登記されている本件甲乙各建物は、合棟することによりいずれもその独立性を失つて本件丙建物の構成部分と化し、もはやそれぞれ一個の独立した権利の客体となるものではなく、両建物は、法律上滅失したものといわなければならない。

また、合棟後の本件丙建物は、法律上、合棟前の本件甲乙各建物とは別個の建物であつて建物としての同一性がないものであるから、合棟前の本件甲乙各建物を客体とする所有権は消滅するとともに、合棟後の本件丙建物について新たな所有権が成立し、その結果、合棟前の各建物の上に存した権利も当然に消滅することとなる。

4  建物合棟の場合における登記手続

(一) 既に述べてきたとおり、本件甲乙各建物は、合棟することによりいずれも一個性、独立性を失つて法律上滅失したものであるから、まず、両建物について滅失登記手続(不登法九三条の一一)をし、本件丙建物について建物の表示の登記手続(不登法九三条)をすることになる。たとえ本件甲乙各建物について抵当権等の権利に関する登記がなされていても、それらの権利は、実体法上消滅しているのであるから、その登記が問題とされる余地はない。

(二) ところで、不登法上の基本的な要請として、物理的に独立した一個の建物は、一登記用紙に記載する(一不動産一登記用紙主義、不登法一五条)。同一不動産についての登記が二以上の登記用紙になされた場合には、不動産の特定及び公示の明確性を根底から害し、またその不動産の権利関係を混乱させる結果となるから、物的編成主義をとる我が国の不動産登記制度にとつて、この一不動産一登記用紙主義は最も基本的な原則である。したがつて、仮に従前の権利関係が実体法上消滅していないとしても、かかる権利関係を本件甲乙各建物のうち一方の建物の登記用紙を用いて(合棟後の建物の表示の登記を、当該一方の建物の表示の変更という形で行い)表示し得る登記手続上の手段はないから、本件丙建物について表示登記をすることが必要であり、また、本件甲乙各建物については表示登記抹消の登記手続をしなければならない。そして、たとえ実体法上本件甲建物または乙建物を目的とする抵当権等の権利が何らかの形で本件丙建物の上に存続するとしても、現行不登法上表示登記の抹消登記によつて閉鎖された登記用紙に登記されている権利の登記を職権で新たな本件丙建物の登記用紙に移記することは認められないので、同建物について権利に関する登記をするには、まずその所有者が保存登記手続をし、しかる後に抵当権等の設定の登記手続をすることとなる。

(三) 以上のとおり、仮に合棟に関する実体法上の考え方として抵当権等の権利が消滅していないと解したとしても、現行不登法上本件甲乙各建物上の権利を本件丙建物の登記簿に的確に反映する方法はないから、結局、不登法上、格別の問題を生じない前記の登記手続によらざるを得ないのである。

5  違憲論に対する反論

原告は、被告のした本件各登記処分は憲法二九条、三一条、四一条に違反する旨主張する。原告の右主張はいずれも本件各登記処分によつて財産権が奪われたことを前提とするが、原告の財産権は何ら奪われていないのであるから、原告の右主張は前提を欠き、失当というべきである。

(一) 原告が主張する強制執行の申立が不能となつた原因は、東京ゴムがその目的物たる本件甲乙各建物の隔壁撤去工事を竣工させ、合棟させたことによつて、新たに本件丙建物が現出し、不動産としての本件甲乙各建物がいずれも不存在になつたことによるのであつて、既に所有者による任意の合棟という事実行為により、それぞれ一個の建物としての独立性がなくなつている本件甲乙各建物に関する表示の登記を現況に合致させるための方法、手段として、登記官たる被告がこれにつき抹消の登記をし、同時に合棟により本件甲乙各建物とは全く別の不動産として新たに現出した本件丙建物について表示の登記を実施したことによるものではないのである。

したがつて、本件甲乙各建物に対する本件仮差押の登記が抹消されずに残つていたとしても、右各建物は消滅しているので、これに対する強制執行の申立はそもそも無意味となつているのであつて、強いて右各建物が本件丙建物の構成部分として残つていたと仮定しても、このようなものを独立の権利の客体と見ることはできず、まして現行法上民事執行の手続がとられる余地は全くない。

(二) また、原告は、被告が本件各登記処分をするにあたり、事前に告知聴聞の機会を与えず承諾すら要求しないのは適正手続に違反する旨主張するが、被告が原告に対し何らかの告知聴聞の機会を与えることを命ずる法令上の根拠はないうえ、建物の表示登記は、建物の現状をできる限り登記簿に反映させることを目的とするものであるから、権利の登記と異なり、利害関係人の意思によつて登記手続の可否が左右される性質のものではないのである。

五  被告の主張に対する原告の答弁及び反論

(答弁)

被告の主張1、2の各事実はいずれも認め、同3ないし5の各主張はいずれも争う。

(反論)

1 被告は、本件甲乙各建物は合棟によりいずれも本件丙建物の構成部分に化して法律上滅失し、丙建物は従前の建物との同一性を失つたから、その各所有権も消滅する旨主張するが、そもそも本件甲乙各建物は、単に媒介物が入つて接続しただけで決して物理的に滅失したわけではないのに、これを法律上滅失として扱うこと自体が社会通念ないし国民一般の法感情に著しく反する。

2 表示登記は建物の現状を正確に登記簿上反映させるという目的を有し、権利の登記とは別個の指導理念によつて運用されるべきものであること自体には特に異論はないが、本件のような人為的滅失の場合にまで単純に権利の登記とは一切無関係と言い切るのは、著しい論理の飛躍があるのであつて、この場合現況主義の考え方は大幅に制限されると解さざるを得ないのである。なぜならば、人為的理由による建物所有権の滅失を安易に認めてしまうと、抵当権等の負担を有する債務者に強制執行を免れる途がいくらでも出来ることになり、既存の諸登記権利の表示は単なる気休めとしか機能しえず、登記を公示制度として利用している既存の財産法秩序そのものが根底から覆されることになるからである。

3 建物の合棟の類似概念である建物の合併の場合、所有権の登記以外の権利に関する登記がある建物の合併については、合併後の建物の一部所有権以外の権利が存続する結果となり登記簿の記載が錯雑化して権利関係の公示が不明確になるという理由から原則的に禁止されている(不登法九三条ノ九)ところ、この立法趣旨がこれまで述べたところと基本的に同一の視点に基づくものであることは疑いがない。

もつとも、建物の合棟と合併とがどう異なるかは必ずしも明確でないが、いずれも人為的理由により従前の建物の所有権を消滅させて新たな表示登記を形成させるものである以上、共通する利害状況下にあるのであるから、基本的に建物の合併登記の場合と同一の運用をしなければならないはずである。

六  原告の反論に対する被告の再反論

1  原告は、本件甲乙各建物が合棟によつて本件丙建物という一個の建物になつたが、法律上は依然として合棟前の建物と同一性を有していると主張するもののようであるが、二個の建物が合棟して一個の建物となつた以上、本件甲建物と丙建物及び本件乙建物との間には、いずれも「不動産たる建物」としての同一性は認められないのである。一個の不動産たる本件丙建物が甲建物と同一性があり、しかもまた、全く別個の本件乙建物と同一性を有するということは考えられないことだからである。

2  また、原告は、建物の合棟の場合も合併登記の場合と基本的に同一の運用をすべきである旨主張する。しからば、具体的にどのような方法によるべきかについては、原告は全く言及しないが、以下に述べるとおり、右主張は、不登法に規定する合併の登記手続を正解しないものであつて、失当である。

建物の合併登記とは、甲建物を乙建物またはその附属建物に合併する場合の登記及び甲建物を乙建物の附属建物とする場合の登記(不登法九八条一項本文)であり、登記されている法律上数個の建物を法律上一個の建物とすることをいい、物理的に甲建物を乙建物と一体化した場合にするものでなく、既登記の別個独立の甲乙両建物を物理的には別個独立のままで登記簿上一個の建物とするいわゆる創設的な登記である。したがつて、その登記手続としても、従前建物を滅失させたり、新たな表示登記をしたりするものではなく、乙建物の登記用紙中表題部に従前の甲建物を移記する変更の登記をしたうえで、甲建物の登記を閉鎖する(不登法九八条一項、八六条)取扱いである。そして、甲建物の権利に関する登記は乙建物の登記用紙に移記するものであるが、ただ権利関係の交錯、不明確化を避けるため、法律上の制限が設けられているのである(不登法九三条ノ九)。

これに対して、建物の合棟の場合の登記は、物理的に甲乙両建物が合体して一個の建物となり、甲乙両建物がいずれも合体後の丙建物の一構成部分に変化してしまつた場合に、事後的に登記を事実に合致させるためのいわゆる報告的登記である。したがつて、両建物の所有者の異同や、抵当権等の権利の有無にはかかわりなく、実体上両建物が合体してしまう場合の登記であるから、前記の合併の登記とは全く異質のものであり、原告のいうような類似概念としてとらえ、合併登記と同様の運用をすることは到底できないものである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、まず本件表示登記処分の取消を求める訴えの適否について判断する。

1  行政処分の取消の訴えは、当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができるところ(行訴法九条)、ここにいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利もしくは法律上保護された利益を侵害され、または必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解される。

これを本件についてみると、本件表示登記処分は、本件抹消登記処分とは各別の登記申請行為によつてなされた内容を異にする別個の処分であつて、両者が一体となつて一個の処分手続を組成しているものではなく、また本件表示登記処分の取消が本件抹消登記処分取消の先決関係として不可欠なものとなつているわけでもないから、仮に原告が同時に求めている本件抹消登記処分の取消請求が認容され、その結果本件甲乙各建物の表示登記が回復されれば、その結果本件仮差押登記も回復されることになり、これによつて原告は、右各建物に対する執行保全の効力も維持し得るとともに、本案勝訴の確定判決を得ることにより、右各建物について強制執行の申立をもなし得るものであつて、これにつき本件表示登記処分の存在が法律上の障害となるものでないことは明らかである。

したがつて、被告のした本件表示登記処分が原告の権利もしくは法律上保護された利益を侵害するものではないといわなければならない。

2  原告は、登記簿上合棟前とは全く異なる権利関係が本件表示登記処分に基づき現実に公示されている以上、単に本件抹消登記処分を取り消しただけでは、同一建物について権利関係の全く異なる二つの登記が存在することになり、登記簿の公示機能が全く発揮されないことになり、既に本件丙建物は第三者に処分されるなど現実に原告の権利は侵害されている旨主張する。

しかしながら、本件抹消登記処分が取り消された結果回復される本件甲乙各建物の登記が本件丙建物の登記と重複することになるとしても、かかる重複登記状態は、いわゆる一不動産一登記用紙主義(不登法一五条)に反するから、本件の場合、後でなされた本件丙建物の表示登記が常に申請または職権により抹消され、登記用紙が閉鎖されるものであつて、たとえ本件丙建物が第三者に処分され、その旨の登記が経由されているとしても、法律上本件表示登記の効力が本件仮差押の効力に影響を及ぼすことはあり得ず、何ら原告の法律上の利益を侵害するものではないというべきである。

3  したがつて、本件表示登記処分の取消を求める原告の訴えは、法律上の利益を欠くこととなり、不適法というべきである。

三  次に、本件抹消登記処分取消請求の当否について判断する。

1  被告の主張1、2の各事実は当事者間に争いがない。

2  右事実によると、本件甲乙各建物は、もと一三センチメートルの間隔を置いて建てられていた独立の二階建の建物であつたが(本件乙建物には、昭和四八年頃、その一階部分に本件甲建物の二階床面とほぼ同じ高さの中二階が設置された。)、昭和五八年四月三〇日から同年六月三〇日にかけて、本件甲乙各建物の中間の一三センチメートルの空間部分に接続工事を施し、接続面に障壁のない一階部分を一体化するとともに、接続面に障壁のある二階部分にはその障壁の一部の約〇・八五メートルを除去し、その部分の床面を接続させて扉を設置したうえ、本件甲建物の東北側の隣接地に本件新築建物を建築し、同建物と本件甲建物とを接続するため増築部分一二・五二平方メートルに及ぶ増築工事を行い、接続部分の障壁を全部除去したものであつて、右工事の結果、本件甲建物には、本件乙建物や本件新築建物を通る以外に出入口がなくなつたというのであり、これらの事実により認められる右工事の内容、規模及び右工事により出来上がつた本件丙建物の構造等を総合考慮すると、本件甲乙各建物は、いずれも本件丙建物の一部として丙建物に一体化されたものであつて、しかも、区分所有権の対象となり得る構造上及び利用上の独立性も有しないとみるべきであるから、いずれも権利の客体となり得る独立性を失い法律上滅失したものというべきである。

なるほど、本件甲乙各建物は、物理的には滅失したものではなく、本件丙建物の構成部分としていまだ存続しているものではあるけれども、前記のとおり、いずれも法律上滅失したものと評価せざるを得ないのであるから、かかる意味において本件丙建物との同一性を肯認しがたいのであつて、従前本件甲乙各建物を目的としていた権利ないし法律上の地位が本件丙建物の構成部分に存続しあるいは移行するとの見解は、現行法上その根拠を見出しがたいといわなければならない。

したがつて、前記合棟工事の完了により、従来本件甲乙各建物を目的としていた所有権その他の権利は全て消滅したと同時に、右各建物は、民事執行法上不動産執行の対象となり得る適格性も喪失したというべきであるから、かかる意味において本件仮差押もその対象を失い、その執行が不能に帰したものというべきである。

3  原告は、本件抹消登記処分が原告に何ら告知聴聞の機会を与えることなくその財産権を剥奪したものであり、しかも同処分が法律に根拠を持たず、一片の行政通達に基づいてなされたことを理由に、憲法二九条、三一条、四一条に違反する旨主張するが、右主張はいずれも本件抹消登記処分によつて原告の財産権ないし財産上の法的地位が侵害されたとの前提に立つものであるところ、前記のとおり本件仮差押は、本件甲乙各建物が合棟によりいずれも権利の客体としての独立性を失つた結果、その対象を失つて執行不能となつたものであつて、本件抹消登記処分によつてかかる結果が招来されたわけではないから、いずれも前提を欠き、採用することができない。

4  また原告は、建物の合棟の類似概念である建物の合併の場合、所有権の登記以外の権利に関する登記がある建物の合併登記は許されないのであるから、これと共通する利害状況下にある建物の合棟の場合もこれと同一の運用をすべきものと主張するが、建物の合併登記とは、甲建物を乙建物またはその附属建物に合併する場合の登記及び甲建物を乙建物の附属建物とする場合の登記であつて(不登法九八条一項本文)、いずれも建物の物理的形状等を何ら従前と変更することなく、建物の数量的範囲を登記上形成的に変更する建物の表示の変更登記のひとつであるのに対し、建物の合棟の登記は、甲乙両建物の物理的な合体により両建物が法律的に滅失してしまつた後に、このような現況の変更を事後的に登記上忠実に反映するためになされるいわば報告的登記であるから、両者の性質は全く異なるものであつて、建物の合棟の場合の登記手続を建物の合併登記手続に準じて行うことは到底できないものといわなければならない。

5  以上のとおり、本件甲乙各建物は、合棟により、所有権その他の権利の客体となり得べき独立性を失い法律的に滅失したのであるから、右各建物がいずれも登記上滅失したものとして、その各表示登記を抹消した被告の本件抹消登記処分に何ら違法な点はなく、原告の本件抹消登記処分の取消を求める請求は理由がないというべきである。

四  よつて、本件訴えのうち本件表示登記処分の取消を求める訴えは却下し、本件抹消登記処分の取消を求める請求は棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 下村浩藏 法常格 田中俊次)

物件目録

(一) 鹿児島市松原町一四番地二三所在

家屋番号 一四番二三

軽量鉄骨造スレート葺二陛建居宅兼工場

床面積 一階  八二・九九平方メートル

二階  二九・八〇平方メートル

(二) 鹿児島市松原町一四番地二三所在

家屋番号 一四番二三の一

鉄骨造スレート葺二階建倉庫兼事務所

床面積 一階 一〇九・三五平方メートル

二階 一〇九・三五平方メートル

(三) 鹿児島市松原町一四番地二三、一四番地九所在

家屋番号 一四番二三

軽量鉄骨造スレート葺三階建倉庫店舗事務所兼作業所

床面積 一階 三八六・九七平方メートル

二階 一〇七・五三平方メートル

三階 一〇九・三五平方メートル

別紙

図面1〈省略〉

図面2〈省略〉

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